インタビュー
朝早く登校して夕方遅くまで学校にいるほど学校が大好きでした。往復4時間の通学時間にもめげず、高校3年間皆勤でした。
造形作家玉田多紀さん
- Q.現在の様子を聞かせてください。
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玉田多紀さん(以下、玉田多紀)
ダンボールの強度と柔軟性を生かした独自の技法による立体作品の制作を手掛け、ダンボール造形の第一人者として、「めざましテレビ」やNHKの教育番組などでも紹介されました。目標としていた美術館での企画展も開催できました。第一子を出産し、現在は母親として作家として奮闘中です。
- Q.どんな吉祥生活でしたか?
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玉田多紀
絵描きになる夢を持って中学から吉祥女子に入学しました。演劇クラブやワンダーフォーゲルクラブのほか、ボイスレスパフォーマンスクラブの立ち上げにもかかわりました。高校では念願の芸術コース美術科に進み、本格的な道具や技法に触れることで、バラ色のような毎日を過ごしました。朝早く登校して夕方遅くまで学校にいるほど学校が大好きでした。往復4時間の通学時間にもめげず、高校3年間皆勤でした。
- Q.大学生活はどうでしたか?
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玉田多紀
東京芸術大学を目指して一年浪人しましたが、多摩美術大学の夜間部に入学しました。絵に専念するために一人暮らしを始めて、親のありがたみとお金の大切さを学びました。社会人の同級生の情熱に触れ、4年間の大学生活を充実させると心に誓い、他学科との交流イベント企画や子育て支援活動、ベビーシッター資格の取得、絵画教室の立ち上げなど、学外へも活動を広げていきました。他学科の授業にこっそり出る機会があって、そのときに現在の仕事に繋がるワークショップと出会い、“ダンボール造形”を編み出すことになります。
- Q.大学を卒業されてから現在に至るまでの様子を教えてください。
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玉田多紀
卒業後は絵画教室の講師として働きながら個展やグループ展に出品していました。公募展で賞をもらい、プロフィールが充実することで活動の場が広がっていきました。3年目には大型作品が売れようになり作家としてやっていけるようになりました。
振り返ってみると、大きな作品制作に必要なバイタリティは高校時代に培われたものだと思います。高校から大学時代にかけて出会った人や経験したことが今の自分を形造る原点になったと考えています。
Tamada Taki Official Website
http://tamadataki.com/
Profile
玉田多紀さん
造形作家
経歴
- 2002年3月
- 吉祥女子高等学校卒業
- 2007年3月
- 多摩美術大学造形表現学部造形学科卒業
- 2007年
- トーキョーワンダーウォール公募入選
- 2010年
- YOKOHAMA創造界隈ZAIMコンペ受賞
世田谷区芸術アワード“飛翔”生活デザイン部門受賞
- 2016年
- 文化庁芸術家派遣事業、おかざき世界こども美術博物館作品所蔵、現在に至る